結婚の先にあるもの
久しぶりに母親と二人で夕飯を食べに行った。
ずっと気になっていた居酒屋で、どんな料理が食べられるのかわくわくしていたが、そんな楽しみも長くは続かなかった。
お酒が入った母親は、語るモードに突入した。
そして、ここぞとばかりに、自分の夫と姑への長年の不満をぶちまけだした。
ずっと耐えてきたことが、遂に限界をこえてしまったようだった。
私はただただ、話を聞くことしかできなかった。
母親だって、別に解決策を私に求めて話しているのではないだろうけど、私には、無力感だけが残った。
同居している時は、毎日のように母親の愚痴を聞いていたし、夫や姑、つまり私の父親や祖母の言動がストレスになっていることは知っていた。
ただ、それが家族崩壊の危機にまで陥っているとは気づけなかった。
気づいていたところで、何も出来なかっただろうけど。
今まで、仕事人間の父親の代わりに子育てに全振りしてきた母親は、子供が大きくなって手がかからなくなってきたときに、
「なんで私こんなに頑張ってるんだろ」
「なんで私だけこんなに耐えなければならないんだろう」
と、いかに自分の人生を犠牲にしてきたかを思い知ってしまったんだと思う。
相手の考えは変えられない。それなら、相手との関係性を変えるしかない。
とっくに人生を折り返している母親は、これからの人生、関わる人や付き合い方を厳選していきたいと言っていた。
私は、そんな母親を応援しようと思う。
だからといって、父親を無下にする訳では無い。
私はあくまで、両親の中立した立場でなければならないと個人的に思っているから。
それに、どのような関係に落ち着かせるのかを決めるのは両親だ。夫婦間に水差しはできない。
ただ、私の意見を言っていいのであれば、お互いが不満を持っていて、一緒に過ごすのがキツイのであれば、別れるのもひとつの選択肢だと思う。
子供も、1番下が大学生なんだから、あえて家族の形を繕う必要はないのではないか。そうなった場合、金銭面の問題は出てくるが、何にせよ話し合いは必要なのだから、その一貫で落とし所を決めるしかない。
仕事人間で子育てを放置していた挙句、進路は自分の思い通りにし、金使いの荒い夫。
何でも自分の思い通りにならないと気が済まない、思いやりなんて微塵もない最悪の姑。
…これだけ聞いたら、結婚するメリットってないような気がする。
みんな「結婚」によるストレスに耐えながら外では幸せそうな顔して生きてるんだろうか?我慢するのが普通なんだろうか?
もしそうなら…私は結婚したいとは死んでも思えない。